地質って国語っぽい件

みなさんは,地学,その中でも地質と聞いてどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。岩石の成分を研究したり,化石を掘ってその土地が当時どのような環境だったのか,などなど教科書に書かれてあるような内容を想像する人も多いでしょう。しかし,それだけが地質の魅力ではありません。とらえようによっては最早それって国語に近いんじゃないの?と思ってしまうような地質の嗜み方もあるのです。

その一つが,地層の観察です。普段は目にする機会のない地層ですが,都心部を抜けた郊外の山々などでは比較的簡単に見にすることが多いです。地層の観察は,その地層に見えている地質構造,例えば地層が両側から押されて歪んだ「褶曲」であったり,大地が分断された「断層」であったり,はたまた当時の水の流れを示す「斜交葉理」などもその一つに数えられます。

では,これらが一体どのような点で国語と結びついていくのでしょうか。

国語は本来,「文章中に記された台詞,条件,筆者の主張を様々な形で解釈して,その文章の本質を掴み取ること」が目的です。対して地層の観察は,「地層に記された岩石,地質構造から,その時代に起こった現象を推理し,地球の歴史の1ページを明らかにすること」が目的です。国語でいう台詞,条件,筆者が地層でいう岩石,地質構造にあたるわけです。

ここまで聞くと地層の観察は国語と共通点を持っていると思うかもしれませんが,根本的に違う点が一つあります。それは,国語では文章中に記されている様々な要素から,様々な解釈が生まれ,どうしてそう考えたのか,などを話し合うことが可能ですが,地層の場合は答えが一つに定まっているため,違う解釈が生まれた場合は双方の意見を批判し合い,どちらか一方の仮説に答えを絞らなければなりません。そういった点では,やはり根底には科学的な要素があるのではないでしょうか。