高田馬場 清水川を歩いてみた件

こんにちは。部長の青山です。

もう一週間くらい前になるんですかね。後輩と部活の帰りに近くの暗渠を歩いてみようという話になりまして。ちょうど山手線に沿って流れる暗渠があったので歩いてみました。

ことの発端は部で購入した 本田創 東京「暗渠」散歩(実業の日本社、2021年) です。とにかく新しい本なんですが、最近こういう本多いですよね。スリバチ散歩とか…

さて、そんな東京暗渠散歩は水系別に暗渠が書かれているというシュールな構成なのですが、おとめ山野湧水が注ぐのは…はい、神田川ですよね。ということで学校の近くの神田川水系の暗渠を探してみました。

そしたらちょうどいい暗渠を見つけたんですよ。清水川。河川界の山田太郎みたいなネーミングですが、気になったので行ってみました。東京暗渠散歩の地図によると山手線とほぼ平行に流れています。山手線は高田馬場付近で神田川と垂直に交わっていて、一方の清水川はその地点で神田川都合流します。

歩いてみると案外普通の道です。暗渠かただの道か、見分けるのは難しそうです。気になったのは駅付近。暗渠の上に敷かれている道は早稲田通り(高田馬場の駅前の道ですね)を挟んで目白側にはありませんでした。代わりに地図上の暗渠と同じ場所に駐輪場があります。コレは….暗渠臭がすごいです。一度利用したことがあるんですが奥に長いんです。うん、暗渠の上に作ったのでは無いでしょうか。

最後に神田川との合流地点。

神田川との合流地点は立入禁止だった

写真中央の突き出したパイプが清水川では?

ちなみに目白通りと山手線が交差する近くには清水川公園というのがあります。この清水川から名付けたのでは?と勝手に思っています。

それでは。

地質って国語っぽい件

みなさんは,地学,その中でも地質と聞いてどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。岩石の成分を研究したり,化石を掘ってその土地が当時どのような環境だったのか,などなど教科書に書かれてあるような内容を想像する人も多いでしょう。しかし,それだけが地質の魅力ではありません。とらえようによっては最早それって国語に近いんじゃないの?と思ってしまうような地質の嗜み方もあるのです。

その一つが,地層の観察です。普段は目にする機会のない地層ですが,都心部を抜けた郊外の山々などでは比較的簡単に見にすることが多いです。地層の観察は,その地層に見えている地質構造,例えば地層が両側から押されて歪んだ「褶曲」であったり,大地が分断された「断層」であったり,はたまた当時の水の流れを示す「斜交葉理」などもその一つに数えられます。

では,これらが一体どのような点で国語と結びついていくのでしょうか。

国語は本来,「文章中に記された台詞,条件,筆者の主張を様々な形で解釈して,その文章の本質を掴み取ること」が目的です。対して地層の観察は,「地層に記された岩石,地質構造から,その時代に起こった現象を推理し,地球の歴史の1ページを明らかにすること」が目的です。国語でいう台詞,条件,筆者が地層でいう岩石,地質構造にあたるわけです。

ここまで聞くと地層の観察は国語と共通点を持っていると思うかもしれませんが,根本的に違う点が一つあります。それは,国語では文章中に記されている様々な要素から,様々な解釈が生まれ,どうしてそう考えたのか,などを話し合うことが可能ですが,地層の場合は答えが一つに定まっているため,違う解釈が生まれた場合は双方の意見を批判し合い,どちらか一方の仮説に答えを絞らなければなりません。そういった点では,やはり根底には科学的な要素があるのではないでしょうか。