東京の湧水6選

■はじめに

 皆さんは「湧水」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。恐らく、地中からボコボコと湧き出す清水、清水が作り出す美しい泉…このような湧水も存在しますが、崖から染み出すものが大半を占めています。 

初めに、湧水について簡単な説明をしたいと思います。湧水の湧き方には主に3種類があり、ここではそのうちの2種類について説明します。

1つ目に「自噴式」と呼ばれる湧き方です。自噴式は、富士山などの大きな山の山麓でよく見られる湧き方です。礫岩などの水を通しやすい層に水が溜まって滞水層を形成し、滞水層が標高の高い地域から低い地域まで連なることで、その高低差から高い圧力がかかり、圧力の低い地上に地下水が湧き出します。

2つ目に「崖線式」と呼ばれる湧き方です。崖線式は、都内でも比較的よく見られます。滞水層が崖線(主に河岸段丘の段丘面と段丘面の境目)によって断たれ、溜まっていた水が湧き出します。

 実は皆さんが考えているよりも湧水は数多く、その数は大小合わせて都内に700ヵ所以上存在します。今回はそんな湧水に、是非とも足を運んでもらうべく5ヵ所の都内の湧水と静岡県、山梨県の湧水を1ヵ所ずつ紹介します。

■おとめ山公園

我々海城地学部の聖地?です。江戸時代におとめ山公園周辺では、将軍家によって鷹狩や猪狩が行われており、一帯を立ち入り禁止として「御留山」と呼ばれました。現在の「おとめ山」もこれに由来しています。

 おとめ山公園は武蔵野段丘を神田川が侵食して形成された目白崖線と呼ばれる崖が連続した場所に位置します。そのため、おとめ山公園は神田川を渡り、坂を上る途中にあります。

水質は良好であり、新宿区であることを忘れさせます。

■等々力渓谷

2~4で紹介する湧き水はすべて国分寺崖線にあります。国分寺崖線とは多摩川によって浸食された河岸段丘のうち、立川段丘と武蔵野段丘との境目に存在する崖線です。等々力渓谷は23区内で唯一の渓谷です。渓谷内には谷沢川が流れており、渓谷の露頭から湧き出す湧水が川に流れ込んでいます。そのため、渓谷の上流から下流に下っていくと、水が澄んでいくのがよく分かります。

水質は右図の通りです。注目すべきは水温が下流のほうが低い点です。これは一年を通して水温の低い湧き水が谷沢川に流入したことが原因として挙げられます。

ところで、谷沢川がこのような深い渓谷を形成したことには河川争奪が関係しています。詳しく説明しましょう。

 以前、谷沢川は現在よりも短く、多摩川へ流れ込んでいました。この時、九品仏川は東西に流れており、谷沢川とは離れた流路を取っていました。しかし、谷沢川の谷頭侵食(源流よりも上流側を侵食する作用)により、次第に九品仏川に近づき、遂に九品仏川と合流し、九品仏川の水は谷沢川に吸収されてしまいます。これは当時の谷沢川の流れより当時の多摩川の流れの方が大きかったことが理由とされています。こうして大量の水が一気に流れ込んだため、等々力渓谷は深い渓谷を形成したのでした。

このように元あった流路がさらに大きい流路に吸収される形で流路が変化することを、河川争奪と呼びます。

■お鷹の道・真姿の池湧水群

 この湧水も国分寺崖線にあります。お鷹の道は小川に沿って続く道の名前であり、小川のことは元町用水と呼ばれています。元町用水は日立中央研究所内の湧水を源流としている野川(日立中央研究所内にある湧水を源流として、国分寺崖線の湧き水を集めたのちに多摩川へ注ぐ)へと合流します。

ところで、お鷹の道は「鷹」という字が名前として残っている点からわかるように将軍の鷹狩の場でした。おとめ山公園と同じですね。

水質は右図の通りです。水源の方が道中 よりも㏗が高い点から、地下水に二酸化炭素が溶け込んでいたことがわかりますね。データからは分かりませんが、コーヒー用に水を汲む方も見られたことから味の面でも引けを取りません。

  • ■殿ヶ谷戸庭園

国分寺崖線はこちらで最後になります。殿ヶ谷戸庭園は大正2年~4年に江口定條(後の満鉄副総裁)の別荘として整備され、昭和4年には三菱財閥の岩崎家の別邸となりました。

実は大正時代には、多くの庭園が国分寺崖線に建てられました。理由は二つあります。

一つ目に、崖線から湧き出す水を用いて当時流行っていた池を庭園内に造ることができたから。

二つ目に、崖線は切り立った崖になっているために庭園からの眺めがよかったから。

殿ヶ谷戸庭園では水質観測ができませんでしたが、ホームページによると毎分37ℓが湧出していて、この湧き水がつくる美しい景色は崖上の東屋から見ることができます。

■ママ下湧水群

 ママ下湧水群は、立川崖線にある湧水です。立川崖線とは、多摩川の侵食によって形成された河岸段丘のうち、青柳段丘と立川段丘の境目に位置する崖線です。

 「ママ」とは母のことではなく、この地域の古くからの呼び名で、「崖」を意味しています。ママ下湧水群は崖の下から水が湧き出ていることから、こう名付けられたのです。

 

湧出量はかなり多い方で、かなり広範囲から湧出しています。さらに湧いている場所は一ヵ所ではなく、目視だけでも5~6ヵ所から湧き出しており、澄んだ小川を作り出しています。

 

水質は右図の通りです。㏗とR㏗の違いが比較的小さいことが特徴です。この点から、湧き水が地下に溜まっていた時間が短いことが分かります。

蛇足ですが、ここの水はかなりおいしいです。硬度が低いためか、後味がすっきりしていて口当たりがとても良いです。(飲まれる際には必ず煮沸してください)

■矢川緑地

矢川緑地も立川崖線にあります。矢川緑地は広さ2ヘクタールの大きな森林で、東京都指定の緑地保全地域となっています。住宅地に現れる美しい緑地は本当に心を和ませてくれます。

水質は右図の通りです。

最後の水質紹介なのでひとつだけ。これまで紹介したすべての湧き水は17~18℃です。地下水は外気の影響を受けないので、一年を通して水温はあまり変動しないのですが、湧き水の水温は同じ東京都内であれば、あまり変化しないのかもしれません。

ちなみに矢川緑地の湧水は、矢川の水源となっています。

■おわりに

 湧水を今までよりも身近に感じてもらえたでしょうか。湧水は探せば意外と身近にあるものなのです。ここまで紹介した湧水から分かるように、それぞれの湧水には様々なエピソードや、まだ解明されていない謎があり、これらを実際に訪れることで肌で感じることが湧水巡りの醍醐味であると私は考えています。詳しい知識は必要ありません。きっと湧水を見れば自然と心が和むはずです。

 皆さんが湧水に少しでも興味をもち、湧水に足を運んでいただければ幸いです。

参考資料

早川 光 『新東京の自然水』 農山漁村文化協会 1992年

y-ok.com/musashino/kokubunji-gaisen/yazawagawa/yazawagawa-5.html

https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/about036.html

www.kankyo.metro.tokyo.jp/water/conservation/spring_water/spring_water.html

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